希望我們的小學生也能寫出這么質樸的文章!
下面這篇獲得第四回作文比賽最優(yōu)秀獎的作文,名字是《我和爸爸的便當盒》,作者是日本広島市立中島小學校1年級學生 片山悠貴徳(ゆきのり)。“朝日學生新聞社”第四屆作文比賽的主題是“感謝”。
「ぼくとお父さんのおべんとうばこ」
我和爸爸的便當盒
おとうさんがびょうきでなくなってから三年、ぼくは小學一年生になりました。
爸爸因病去世三年之后,我成了一名小學一年級學生。
おとうさんにほうこくがあります。きっとみてくれているとおもうけど、ぼくはおとうさんのおべんとうばこをかりました。
有件事要向爸爸匯報一下,我想,爸爸也一定知道了:我借用了您的便當盒。
ぼくは、きのうのことをおもいだすたびにむねがドキドキします。
一想起昨天的事情,我的心還在怦怦直跳。
ぼくのおべんとうばことはしがあたって、すてきなおとがきこえました。きのうのおべんとうは、とくべつでした。まだ十じだというのに、おべんとうのことばかりかんがえてしまいました。
我的筷子碰到便當盒的時候,發(fā)出了很好聽的聲音。昨天的便當,十分特別,雖然當時才上午十點,可我腦子里想著的全是便當。
なぜきのうのおべんとうがとくべつかというと、それはおとうさんのおべんとうばこをはじめてつかったからです。おとうさんがいなくなって、ぼくはとてもさみしくてかなしかったです。
之所以說昨天的便當盒很特別,那是因為第一次使用了爸爸的便當盒。爸爸去世后,我非常寂寞、非常難過。
おとうさんのおしごとは、てんぷらやさんでした。おとうさんのあげたてんぷらはせかい一おいしかったです。ぼくがたべにいくと、いつもこっそり、ぼくだけにぼくの大すきなエビのてんぷらをたくさんあげてくれました。そんなとき、ぼくはなんだかぼくだけがとくべつなきがしてとてもうれしかったです。あれからたくさんたべて空手もがんばっているのでいままでつかっていたおべんとうばこではたりなくなってきました。
爸爸在“天婦羅屋”工作,他油炸的天婦羅,是世界上最好吃的。每次我去吃的時候,爸爸總是悄悄地、為我炸許多我最最喜歡的“海老天婦羅”。那種時候,我不由得感覺到自己很特別,因此十分開心。那以后我每天吃得多多的,還努力練習空手道,以至于一直使用的便當盒變得不夠用了。
「大きいおべんとうにしてほしい」
とぼくがいうと、おかあさんがとだなのおくからおとうさんがいつもしごとのときにもっていっていたおべんとうばこを出してきてくれました。
“我想要個大點的便當盒!”
那天我這么一說,媽媽便從櫥柜的里邊將爸爸上班時常常使用的便當盒拿出來給了我。
「ちょっとゆうくんには、大きすぎるけどたべれるかな」
といいました。でもぼくはおとうさんのおべんとうばこをつかわせてもらうことになったのです。
“對悠來說,會不會太大了些呢?”
媽媽說。但還是讓我用上了爸爸的便當盒。
そしてあさからまちにまったおべんとうのじかん。ぼくはぜんぶたべることができました。たべたらなんだかおとうさんみたいに、つよくてやさしい人になれたきがして、おとうさんにあいたくなりました。いまおもいだしてもドキドキするくらいうれしくておいしいとくべつなおべんとうでした。
然后,就是從早上開始等了又等的吃便當?shù)臅r間。我將便當全部吃得光光的。吃完之后覺得自己就像爸爸一樣,變得又強大又溫和,變得很想見到爸爸。到現(xiàn)在回想起這么高興又好吃的特別的便當,心里還怦怦地跳個不停。
もし、かみさまにおねがいができるなら、もういちどおとうさんと、おかあさんと、ぼくといもうととみんなでくらしたいです。でもおとうさんは、いつも空の上からぼくたちをみまもってくれています。
如果能夠向神許愿的話,我想要能再一次和爸爸、媽媽、妹妹一起生活。不過爸爸一直在天空中守護著我們。
おとうさんがいなくて、さみしいけれど、ぼくがかぞくの中で一人の男の子だから、おとうさんのかわりに、おかあさんといもうとをまもっていきます。おとうさんのおべんとうばこでしっかりごはんをたべて、もっともっとつよくて、やさしい男の子になります。
雖然爸爸不在會很寂寞,但我是家里的唯一的男孩子,我會代替爸爸保護好媽媽和妹妹,我會用爸爸的便當盒好好地吃飯,成為更加更加堅強的、溫和的男孩子。
おとうさん、おべんとうばこをかしてくれてありがとうございます。
爸爸,謝謝你借給我的便當盒。
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